作曲をする理由は何か

<結論>

人が作曲をする本質的な理由は、ただただ「やれるスキルがあり、やれる環境があるから」ただそれだけ。






<補足>
実は、音楽に限らず、創作には理由や原因なんてものは特になく「スキルの有無」によってできるかどうか決まり「環境の有無」によって取り組めるか取り組めないかどうかが決まるという、単なるスキルと環境で語れるレベルの「流れ」である。

例えばプロのスポーツ選手がそのスポーツでそこまで上り詰めたことも全く同じ理由。「ただできるようになって、ただそれをやる環境がある」という、生まれてからの流れがあるから。それは才能しかり、幼少期における親の教育しかり、運しかり。卓球愛ちゃんも、野球の大谷も、プロの画家も、プロミュージシャンも、中島みゆきもそうである。

そもそもそういうスキルを才能と運で会得してしまったのが先で、後の人生選択はその後釜で適当で、理由なんて言えるものは特に大したものは無い。とにかく創作も例外でなく、ただ「(環境的な意味でも、技術的な意味でも)やれるからやってるだけ」的なものである。「承認欲求」だとか「モテたいから」だとかってのは、それよりも表面的なものだと思う。

だから「作曲をできるようになるには」の本質はただただ「スキルを手に入れること」、「環境を手に入れること」それだけだと思う。そしてそれらは必ずしも、10代以降くらいから芽生える「意思」のようなものではどうにかできるものではなかったりする(大いに運が関係してる)。スキルを手に入れられるか環境を手に入れられるかというのは、意思というよりも家庭環境、才能、運、友達の質、住んでいる地域などで作られる人生の「流れ」のせいだから。「作曲する理由はなんだ」なんて意識を巡らせる前からそういう流れを手にしている人こそが作曲できてしまう、という不条理な現実がある。それは仕方がない(そこが我慢できないのならば、作曲でなく「自分が持っている流れは何か」というものを考えてみるのは良いと思う。何か昔からやらされていたこと、なぜか続けていることなどが流れであり、人より高い実務能力を有している可能性があるから、価値を持っているかもしれない)

そして「プロ」という存在になるためには、大抵は小さい頃からそういう流れを持っていることを所以とした「高い実務能力(演奏能力、作曲能力、編曲能力の洗練具合)」を有していないと信用すらされないから、プロになるならば流れを持っていないと難しいと思う。音楽を作るくらいならば、何の流れもなく「18歳からやろうとしてみてます」という感じでも作れるには作れる(特にバンド仲間がいればなおさら)。じゃないとこんなに世界中でバンド音楽がありふれない。作ること自体はそれほど難しくない。だけど「(一人でパフォーマンスできる)プロ」という高い能力と安定感の信頼が無いと成り立たないものには、なるのは難しいと思う(良い顔や良いビジネスチャンスに恵まれれば別だけど)。

何の幼少期からの流れもないし人生の途中から作曲しようとし始めたような人は、相当環境や元々の才能が無いと一人で活躍できるプロになるのは確率低いと思うし、良い曲をバンバン作ってバンバン編曲してバンバンアップするってのも、少し頻度下がると思う。しかし別に地下アイドルとして活動したり、ネットにアップしたり、10年修行してようやくクオリティ高い曲を作れるようになったり、素材サイトで作った音楽を販売したりとかはできるようになると思う。しかも幸い音楽ビジネスって「バンド」という集団の形態で売ってることが多いから、誰か一人「プロ」的な流れがある人が(プロデューサーだろうがメンバーだろうが)いればビジネスに乗れたりもありえなくもない。

作曲をやりたいと思ってこのページに辿り着いた18歳の人がいたら、これは自覚して良いと思う。音楽を作ることはそれほど難しいことじゃないこと、プロは流れが無いと難しいであろうこと、良いバンドなり良い顔があればいけたりもすること。そしてクオリティ高い曲をたくさん作れる人というのは大抵「流れ」を幼少期から持っている人である、ということ。

話が二転三転して申し訳ないけど、ジャンルによっては一流の概念が違ったりするので、別に人生の途中から流れもなく作曲を始めた人でも上で活動できる場合がある。ノイズ(演奏実務能力がそこまでいらない)、フォーク(演奏実務能力がそこまでいらない、作詞の流れがあるならばいいジャンル)、クラブミュージック全般(演奏実務能力がいらない)、ヒップホップ(演奏実務能力がいらない)など。それに今は上への上がり方が、レコード会社頼りじゃなくてもいろいろあるからね。







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